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人間は、いかにして知識を使うのか

画像処理の仕事と言っても、その目的に応じて取れる手法はさまざまです。
ですが、まあわりと共通して出てくる話題というのが、

「90%くらいはね、精度を出せるんだけれどねえ、残り10%がどうしてもねえ」

ここでいう精度とは何かっていうと、「処理して得るべき結果の確かさ」という意味です。
まあ駄目な場合ってのは、たいてい、人間が観てもよく分からん画像になってたりするんです。
人間にできないならコンピュータでも、やっぱ厳しいです。
大自然の中の、ある現象を画像処理だけで確認するという目的。それに対するアプローチを色々と試しているうちに、どうしても10%くらいうまくいかない事例が生じる。
さらなるアプローチを模索していくのであるが、次第に考えてる自分の脳味噌が固まるか、そうでなければ、もやーんとなるか、まあそのくらい難しいということで。
ある観測したい事例に対して、それを阻むノイズ要因が多いっていうか。

ええい、人間に分かるというのに、お馬鹿なコンピュータには分からないのか!
とは、誰もが思うところであります。

ところで馬鹿とか、頭いいとか、それはどういう意味なんでしょうか?
それに対する答え、結論からいうと、自分の考えなんですが、
シミュレーションできる人
ということになるんじゃないかって思います。

想像力がある人、とも言い換えることができると思うんですが、妄想力とニアリーイコールな言葉に思えるような気もするので、あえてシミュレーションできる人という言い方にしときます。

ところで暗記物が得意な人、というのも、頭良さそうに見えます。
じっさい、暗記物が得意な人とか、学生時代はテストでいい点を取って頭良いって言っても差し支えないでしょう。
ところでそういう人が、持ってる知識を動員して、あれが〇〇ならこうなるとか、今、〇〇という現象が起きてるんだけれども、それは〇〇という現象に似てるから〇〇かもしれないとか、そういう応用力というかシミュレーションをできるかどうかというと。
できる人はできるんですが、できない場合。
知識があってもシミュレーションできなければ、つまり知ってるだけで、知識のうまい使い方ができないのであれば、それは役に立ってると言えるのかと。

数学公式でも法律でも年表でも何でもいいけど、膨大な知識をいっぱい覚えているんだが、そいつを、とある事例に適用しようとした場合、どう使えばいいか分からなくて、結局使えないとなると、それってどうよって。

ところで人間は記憶の確かさという観点からすればマシンに負けるけれども、
知識をこねくり回して何かにつかうという部分はマシンに勝るわけでして。
ならばマシンに、自らシミュレーションを創造し、実行し、知恵を増やすという知恵を与えることができる日が来れば。
それが即ちスカイネットでありターミネーターとかハンターキラーとかが飛び回る世界がやってくる……のか?

とまあ、長くてめんどくさい話題ですが、ようするに。
考えるから人間なのであり、しょせんマシンは記憶装置に過ぎんのです。
我々人間は、マシンじゃないので、詰め込み型の勉強よりも、応用問題の良く解ける力を身につけようってか。

ところで、何でまた、いつになく、めんどくさい話題を何でしてみようと思ったのかというとですね。
画像処理で、ある現象を判断するのに、人工知能的なデータ判別ロジックを組み込んで、今もテスト稼働してる真っ最中なんです。
人工知能っぽいプログラムを組んでる時に、上のような気分になったという。

そして本心はというと、

のんびり釣りにいきたいなー。

という。

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